クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ、セルヴィア、マケドニアがどう違うのか理解できますか?
 バルカン化という言葉があるそうだ。宗教、民族、風習、言語、地域などの要素で分裂、混迷に至り統一から分裂にいたる現象を言う。
今まさにトリエステからテッサロニケまでのバルカンを辿ろうとしている。1969年ここはユーゴスラヴィア。チトー大統領がユーゴとスラヴィアをまとめて成立させた国家だ。ほかにバルカン半島にはアルバニアとブルガリアがある。ベオグラードでは中心街のホテルに泊まった。ベオとは白いと言う意味でグラードとはスラブ語で街とか言う意味だ。ドナウ河とサヴァ河の合流する丘の上に築かれた町である。朝起きると街にでた。ホテルに到着したのが夜だったので全く街の輪郭はつかめなかった。一歩ホテルを出ると葉を落としているが街路樹が整然としていて美しかった。対面にオフィスビルらしい建物があり、金髪の若い女性が働いていた。確かにヨーロッパの町だったがイギリス、フランス、イタリアなどの西欧の雰囲気と違う。
 吐く息が白い。寒い。角のカフェーで飲み物を注文した。舌足らずに聞こえるスラヴ語で若い娘が注文を聞いてくれた。笑顔はない。しょうがないから働いているという風情だった。    三人は英語で、                                    ”独身なの”と聞いてみた。はじめ、からかわれたと思ったのか表情がかたい。飲み物を持ってきた時、ゴジーがカメラを取り出した。 ”撮っていい?”彼が聞いた。                            ”ノー、ノー、バットホワイ?”彼女が聞きかえした。                  ”ビコーズ、ユー、ベリープリティー”ゴジーが言った。                  彼女が初めて笑窪をつくった。顔がわれて笑顔になった。。それではと思って、現地通貨ディナールがなかったのでイタリアリラを見せたら全く無視された。フランスフランはどこの紙幣という顔をした。ドイツマルクの厚くしっかりした紙幣をみせたら換算率が不明だった。仕方なく米国ドルで一ドル渡した。三人分のコーヒー代だった。一ドル360円の時代だった。
 ベオグラードはサヴァ河とドナウ河の合流点を見渡す丘の上にあった。すばらしい眺めだった。丘の一番高いところにカレメグダンという公園と要塞があった。サヴァ河とドナウ河を見下ろす戦略上完璧な街だ。ケルト人がこの地に前三世紀に拠点を造った。その後スラブ系民族が移住し、オスマントルコがその後移住する。歴史上この街は40回破壊された。最近のNATOの空爆は記憶に新しい。
 三人は生まれてはじめて中欧の街を歩いた。出会う人達の表情が硬い。だが道を聞くと身振り手振りで親切に教えてくれる。公園には年老いた人達が日向ぼっこをしていた。何時間も動かず、通過する人達や足元にまで飛んでくる小鳥たちの動きに見入っていた。自分達の青春の日々を思い出しているのか表情が時々緩んだりした。旅はいろいろな姿を見せてくれる。旅は人生と同じだと言う作家がいた。人生に幼年期、少年期、青年期、壮年期、老年期、があるように、旅も、出発し、多くのことを得、学習し、エネルギーを使いはてて、やがて終わる。小さな、目に見える人生を経験するため人は旅に出るような気がする。
 ホテルに戻った。チェックアウトの時間だった。すばやく荷物をまとめて我らの愛車VWは次の都ブルガリアのソフィアに向かった。
 当時のパスポートを取り出して、ユーゴとブルガリアの税関の印を捜した。ひとつGURBULAK HUDUT KAPISIというのがある。多分それであろう。冬季オリンピックのあったサライェボ、スコピエを経由するアドリア海沿いを通る道もあったが一直線にソフィアに向かった。高速道路だったかどうか忘れた。問題ない道だった。ブルガリアの首都まで約7〜800キロだったろう。時速100から120キロの限界で飛ばした。それでもソフィアに着いたのはもう夕方だった。腹ペコだったのでホテルを捜す前にレストランを捜した。ベオグラードより寒かった。聞くと標高550メートルあるそうだ。ヨーロッパで一番標高が高い首都だそうだ。ソフィアという首都に入るとコンクリートの建物が目立つ。それも現代的で洗練されたコンクリートの建物でなく、無数の醜いコンクリートのアパートの群れである。殺風景でとても首都の歴史など感じない。それでも中心街の旧市街には聖ソフィア教会がありローマ時代の遺跡が残っていた。聖ネデリア広場という中心の普通の居酒屋に入ってビール、とビーフストロガノフらしいスープを頼んだ。疲れていた。チェコのビールでピルゼンの冷たいビールが食道から胃に入っていった。ゴジーだけが元気だった。食べたら自分が運転するからギリシャまで行っちゃおうと言った。
 ”おいおい”と思った。
 ”お前は体が人一倍元気だけど俺らはへとへとなんだぜ!”
 ”ひとのことも考えろ!”
言い争いになった。その時黙っていたヒリキが言った。
 ”どっちでもいい、喧嘩はよせ!”
 幸い食べるとまたエネルギーが補給された。高速道路からのソフィアの印象は最悪だった。醜いコンクリートのアパートの中から脱出するように夜中のギリシャ行きがはじまった。ゴジーが居眠りしないように四六時中横で話しかけた。いや休まずなんでもいいから質問して答えさせた。
 高速道路だった。朝六時を過ぎてようやく白々と空が明けてきた。ギリシャとの国境に着いた。ギリシャの第二の港町テッサロニケは近い。丘を越えた。前面に白々と明ける空の下、未だ眠りから覚めないで沈んでいる町の灯がきらきらと光っていた。
 テッサロニケの街だった。二日でバルカン半島を縦断してしまった。(続く)

 
ベオグラド