エーゲ海巡航船上のカジノ
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 もう愛車となったアフリカ戦線の名車VWを乗せて、オランダ船籍の豪華客船「アレグザンダー号」は漆黒のエーゲ海を順調に航行していた。突然贅沢なフランス料理を食べ旨いイタリアワインを飲み過ぎた。腹ごなしに甲板にでて波をさいて進む方向に歩いた。船尾から船首まで歩くと結構の腹ごなしになった。ゴジーもヒリキも船室でゆったりしているのだろう。

 <よくデュッセルドルフからギリシャまで3000キロ余り無事に運転して来られたものだ。>ーーー疲れていて当たり前だ。今夜はゆっくり寝ようと思った。船内に戻って、食堂の前を行って、エレベーターの前に立った。上の階から人が降りてきた。着飾った中年の婦人だった。降りて目が逢うと、
 
 ”カジノはどこなの?”ーーー
 ときれいな英語で聞いて来た。イギリス人らしい。ネクタイを着けて背広姿の私を船のスタッフだと思ったのだろう。確かにこのオランダ船籍の船にはかって殖民地だったインドネシア人らしい東洋人が働いていた。そういえばイギリス、ロンドンには香港からの中国人とインド人を多く見たし、フランスにはベトナム人が多かった。旧殖民地と宗主国との関係は簡単に切れるものではない。夫婦の離婚よりも複雑でその関係は深く長く続かざるを得ないもののようだ。
 
 ”確か、このコリドーを行ってダイニングルームを過ぎてボーディングの中だとおもいますよ”と言うと
 
 ”あなたクルーではないの?あらご免なさい”慌てて言った。
 
 ”大丈夫、気にしないでください”ーーー
 
 ”有難う”
 
 英国人らしく丁寧だが慇懃に言うと、有閑マダムは離れていった。その時だ。なるほど船上のカジノが見たくなった。

 貧乏学生にはカジノとはフランス語の授業で「モナコにはカジノがあります」という文章で出合っただけの存在だった。幸い背広姿だしネクタイもしていた。

 決心してカジノルームの前に立った。ーーー中を窺うと船にこんなに人が居たのかと思うほど込んでいた。受付で船室ナンバーと名前を言うと通してくれた。赤い絨毯が敷かれて天井からシャンデリアが輝いていた。ルーレットらしい台が三台とブラックジャックといわれるトランプを使う賭けの台が数台並んでいた。奥にはバーのカウンターがあって中年太りの夫婦や葉巻をくゆらしながらルーレットの台を見ている人達で一杯だった。

 若い美人の女がディーラーをやっている台が一番人を集めていた。台の周りに十・五・六人が座れる椅子がある。その周りに二列になって人が台を囲んでいる。私は後ろに立って成り行きを見守ることにした。数字が並んでいる。1から36までの数字と0である。それに1st12.2nd24.3rd36 と描いてある枠、1〜18.19〜36 の二枠、奇数と偶数の二枠と赤と黒の枠が盤面にある。
 
 ディーラーはフランス語で客にオージュ、オージュ、張った!張った!と促すと客が一斉に盤面に誰が張ったか分別できるように工夫された赤、黄色、みどり、ピンクなどのチップを張り始める。チップは米国ドルだった。一ドル(360円)が最低で二ドル、五ドル、十ドル、二十ドル、五十ドル、百ドル(36000円)と分かれて金額がチップに書かれていた。高額のルーレット勝負だった。ディーラーがホイールと呼ばれる円盤にボールを投げ込む。止まったところが当たりの数字である。数字は赤と黒に分かれている。ーーー現在ではこんなこと常識だが当時知る人は少なかった。
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 台の周りを見ていると先ほどエレベーターでカジノの場所を聞いて来たマダムが座っていた。自分の前のチップが貯まっていた。調子がいいらしい。彼女なりの法則で必ずディーラーがホイールを回した後、時間ぎりぎりまで待ってチップをディーラーに渡して張ってもらっていた。紙に出目の数字を記録していた。チップは一ドルだった。フィナーレ・スリーとかフィナーレ・ファイブと言って張っていた。フィナーレ・スリーとは最後の数字が3となるもので、3,13.23.33の四つのチップ、フィナーレ・ファイブも同じく四つあるので八枚渡してそれぞれ張ってもらっている。その日の記録でよく出ている末尾数字に賭けている。これが以外と来るのである。数字がくるとチップは35倍となってきていた。周りの人達が彼女に乗り始める。彼女の運に便乗し始める。それがたまにくると盤面の周りがドット沸く。美人のディーラーは無表情でチップを渡してゆく。明らかに胴元の大赤字である。何度か客側が勝って沸いた。ーーー客はそこで止めるべきだった。

 ディーラーが若いスリムな男に代わっても流れは変わらず客側の勝利が続いた。マダムは同じ手法で張っていた。そろそろここで大勝負とマダムがチップのほとんどを高額チップに替えた。そしてフィナーレスリーとコールした。百ドルチップ四枚がディーラーによって張られた。客のほとんどがマダムの運に賭けた。テーブルが大小のチップで山のようになった。ホイールでボールが回っている。最初シャーと乾いた音を立てて高速で回っていた玉がしばらくするとカランカランと数字を囲むエッジとの衝突音となる。ボールが不意に止まった。0ゼロだった。テーブル周りがオーとどよめいた。ゼロには誰も張っていなかった。赤黒、偶数奇数、三分の一も全て胴元の総取りだった。ディーラーはさっきと同じように無表情に長いひしゃくのようなものでチップを集めてゆく。マダムがゆっくり席を立った。ーーーあれほどあったチップが一瞬で消えていた。
 
 ”明日も勝負よ!”ーーーマダムが若い男のディーラーに悔しそうに言った。
 
 ディーラーは狙った数字に落とせるのだろうか。私にはとてもそのように思えない。落とせれば客と組めば大もうけが出来てしまう。客と組んで大もうけした話を聞いたことはない。しかし人間には神業ともいえる技術が見につくことがある。狙って狙って一定のスピードでホイールを回してボールを投げ入れると狙った数字が出る確立が高まることは確かであろう。要は執念である。ロシアの作家、ドストエフスキーは極貧のなか、多額の借財を抱え、人生を賭けてルーレットに挑んだ。そして執念で勝利し自殺せずにすんだという。
 
 <人生は一回しかない勝負のようなものである。>しかしルーレットとは違う。ルーレットは必ず出る目がある。一つの目があるのみである。そしてその目が全てである。ほかには無い。人生には出る目は複数ある。どの目が充足と福であるかは目を出す自分自身が決めることだ。
 
 カジノの窓から外をみると暗い海に白い波が立っていた。エーゲ海の上をアレグザンダー号は人達のさまざまな人生を乗せて一路東に向かっていた。(続く)