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href="http://livedoor.blogimg.jp/sonjin59/imgs/d/1/d1f2527a.JPG" target="_blank">map of Turkey

 深夜のイスタンブールを出た。ボスフォラス橋を渡るとヨーロッパからアジアとなる。橋から感慨をもってはるかボスフォラス海峡を眺めた。ヒリキは何事もないようにハンドルを握っている。彼は大学で自動車部に所属していた。当時の自動車部は自動車自体の構造とか修理とかを中古車を解体して研究するようなところで、かっこよくラリーに参加して女の子からもてるようなとこではなかったような印象があった。
 
 ”空冷ファンベルトの音が滑らかだな”
 
 ”アクセルワイアが踏みやすい”などと言いながらドイツシュツットガルトでVWのビートルを選んでいたのを想い出した。
 
 ”トルコからは夜運転することにする。”とヒリキが宣言した。
 
 ”夜走行して昼は着いたところを見学する。でないと、この旅は単なる車で走ったことだけになる。それでは意味がない。”ヒリキの主張はもっともだった。
 
 ”俺が運転するから文句を言うな”ヒリキはいい出すと頑固なとこがある。
 
 ボスフォラス橋を渡ると一路首都アンカラを目指した。距離約600キロ、東京から大阪までの距離ということになる。東名高速道路が出来て四・五年後のことだ。トルコのいわば主要幹線であるイスタンブールからアンカラまでは当然しっかりした道路があると思い込んでいた。

 確かに広い道路だがイスタンブールを出て100キロくらい走ると突然車が揺れだした。道路が洗濯板状態なのである。どうしてなのか舗装していない。いわば日本の戦後と同じ砂利をローラーで固めた道であった。強い風で道路の土部分が飛んで溝が規則的にできている。正に洗濯板なのであった。その道を後ろからどんどん抜いてゆくのが定期運行のバスである。屋根の上に荷物を積んで高速でぶっ飛ばして行く。
 
 ”なんていうことだ。”我々も時速110キロは出していた。
バスは130キロは出ている。それも中古のバスで洗濯板状態の道の所為か飛んでいるような状態で走っていた。
 
 ”あれはいつか事故を起こすぞ”ヒリキが言った。
 
 バスの次は二・三台のメルセデスベンツが抜いて行った。
 
 ”あのベンツは新品だぜ、どういうことなのかな?”理由が分からないがトルコの夜道を新品の大型ベンツが二・三台つながって走ってゆくのが奇妙だった。理由は首都アンカラで判明するが後に譲ろう。
 
 イスタンブールから300キロくらいを走っただろうか、道の右側にバスが転倒していた。バスから火の手が上がっていた。真っ暗闇であった。赤い火の手のなか脱出した乗客があえいでいた。老婆が頭から血をだしながら泣いていた。
 
 車を止めてバスに近づくが火の手であぶない。脱出した乗客に車内から水をもってきて渡した。他になにが出来るのか。言葉もわからない。連絡の取りようもない。ただ立ち尽くすだけだった。そのうち後続の車が何台か止まりトルコ語で緊急対応をしていたが、連絡を取るのだろうまた緊急発車していった。
 
 ”先を行こう。”
 
 ”我々に出来ることはここまでだ”ヒリキが言った。
 
 フォルクスワーゲンのエンジンをかけた。アクセルを踏むと現場から離れてゆく。またヘッドライトが前方を照らしている。何も無かったように車はスピードを増していった。
 
 ”あれが我々だったら、そのまま行方不明処理だな。”
 
 ゴジーが突然後部座席から声を出した。確かに車が燃えて書類もなくなって車の残骸と黒こげの遺体が残る。何週間後かに警察に届けられるが身元不明で調査停止となる可能性が高い。三人は突然怖くなって黙ってしまった。
 
 
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