黒海アマゾネス伝説 

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トルコの首都アンカラからは東イランに向かって二つのルートがある。


 そのまま東の街シヴァスを経由してエルズルムに至るのと北に向かい黒海沿岸ずたいにサムソン、トラブソン、そしてエルズルムに至る道である。我々は黒海を見たかった。一路アンカラから北西に向かう。約400キロで最初の黒海沿岸の都サムソンにでる。このルートをとった。同じく夜アンカラを出発すると早朝黒海沿岸に到着した。
 
 黒海はボスフォラス海峡で地中海と繋がっている内海である。地中海から海水が流入し、沿岸の大陸から多くの河川が注いでいる。ダニューブ河はその内の一河川である。黒海の広さは42万平方キロメートル、深さは2200メートルもある。沿岸諸国にはブルガリア、トルコ、ルーマニア、ウクライナ、ロシアそしてグルジアがある。
 
 港の堤防に立つとなぜ黒海と命名されたのか良く理解できる。地中海の港では水深まで透明で小さな魚が射す光線にきらきら反射するほど良く見えた。ここ黒海にはそれがない。透明度は水深5メートルだという。地中海のそれは35メートルと報告されている。決して水質が汚染しているからではない。実際世界でもトップクラスの水質でクリアであるといわれている。その原因は海の水深が2200メートルもあることと高い塩分濃度にあるらしい。流入する海水や河川の水が海底にとどき表面まで回転することがない。このため低酸素循環となり海底には地球古代の生物の層が未だにそのまま堆積されているといわれている。
 
 ギリシャ時代からマウレ・タラッッタ(ダーク・シー)と呼ばれてきた。黒海沿岸の街サムソンは近代トルコ独立の父、ケマル・アタチュルクの生誕の地であり、独立戦争の発祥の地である。アタチュルクの博物館から生誕の家を訪れた。日本で言えば伊藤博文や西郷隆盛に当たるのであろう。多くのトルコ人が訪れていた。
 
 昼食に大衆食堂のようなところに入ると、アンチョビの入ったサラダがあった。アンチョビは黒海の名産でカタクチイワシをオリーブ油でつけたもので塩味がきいていて旨かった。深海魚は低酸素のため生存していないらしい。
 
 サムソンの街で一番驚いたのが街で聞いたアマゾネス伝説であった。映画にもなったあのアマゾネスである。紀元前1200年ころだという。ここサムソンに勇敢な女兵士でアマゾネス軍団が存在したという。アマゾンとは片乳房という意味だそうだ。弓をひき相手を狙う女兵士は弓を引くために邪魔になる右の乳房を切り取ったという。アマゾネス軍団は最後追われて中南米に渡ったという。この壮絶な話はそして世界一の大河に住むアマゾネス伝説となっていった。。勇敢なアマゾネスの棲む河それがアマゾン河だというのだ。黒海の街サムソンで聞いた話だ。
 
 
 黒海