閑話休題
シルクロードの話を少し脱線しますが、1969年にシルクロードをへて帰国した私は大手広告代理店に入社しました。その後いろいろな仕事をしました。そのなかでとても普通ではお会いできない人たちに邂逅することができました。感謝感謝です。
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 シルクロードのたびの途中ですが、シルクロードで経験した何かが人生の糸となりこよりとなって多彩な人たちとのめぐり合いにつながったものと思います。

 若者よ旅にでよ!と言いたいのです。 

jean paul  II

 生来オープンで物怖じしない性格な所為か本当に多くの偉大な人々とお会いすることが出来ました。思い出の人びとを上げてみました。(1970年代から2002年)敬称略

 1 ジャックシラク (当時パリ市長)2 故笹川良一 (ニース市祭典にて)3 ローマ法王 故ヨハネパウロ2世 (故田丸電通社長シルベスター勲章受賞随行) 4 長島茂雄 (パリにて数度) 5 シャルルアズナブール (ニース アクロポリス国際会議場竣工式典と夕食会)6 故佐藤 文生(自民党広報委員長) 7故 ジャックメディサン (ニース市市長)8 故ニコラ トラサルディ (トラサルディ社長 友人)9 加藤重高 (陶芸家)瀬戸で 10 故黒沢明監督(まだだよ製作)11 ビムベンダース (映画製作)何回も映画について話した12 宮崎駿 (映画製作)プリンセスもののけ 13 ソルベイグドマルタン (女優)フランスの女優 14 カトリーヌドヌーブ (女優)CF 15故 松本清張 (取材) 16 故松本弘子 (マヌカン)カジノ 17 故ピエールカルダン (デザイナー)将軍展開催18 故フランソワライシェンバハ (フランス著名監督 テレビ番組芭蕉製作) 19 クロードルルーシュ(Avenue Hoche スタジオにて) 20 ロリンマゼール 夾竹桃カンタータを創作したいと話した 21 故ホルストダスラー (アディダス社長)ICL創設 22 フランツジョセフ (リヒテンシュタイン)故篠田理事長と 23 デビスカルノ 24岸恵子 (CF撮影) 25 篠田正浩 26故山村聰(CF撮影) 27故 勅使河原宏 (監督)よく食事した 28 故荻須高徳 (画家)パリでよく話した 29 ジェラールガルースト (絵描き) 30 ジャックモーリス (当時フランス大使館公使)31 青木功 (CF) 32 ジャッククルティーヌ (世界柔道連盟)33 故猪熊功  (柔道)カジノにお供した 34 故松前重義(東海大学総長) (柔道)35 アランシャリエル (南仏ボーマニエール オーナーシェフ) 36ピーターユベロス(LA オリンピック)37 久保田一竹 (友禅) 38 そめのざ玄才 (友禅)39 <故石井宏基 (故衆議院議員)マージャン友達だった40 故中山素平 (ウィーンでのOPEC取材)41 故星野仙一 (ミスターベースボール 撮影) 42 高倉健 (ミスターベースボール 撮影) 43 トムセレェック( ハリウッド映画ミスターベースボール監督) 44 故伊丹十三(映画監督) 45 田崎真也(ワイン撮影) 46 ジャンジャックベネックス (監督)友人としてよく話す。 47 リュックベッソン (監督)49 緒方貞子 (大学の恩師) 50 故エドモンド ブランデン (詩人)恩師の恩師 51  52 倉本昌弘  (番組撮影) 53 岸田邦夫 (彫刻家) 54 並河万里 (写真家) 55 牛尾二郎 (経済) 56 ジャックラング (当時フランス文化大臣)57故小坂徳三郎 (ニースにてテニス会議) 58 ソフィーマルソー (女優)59 故ジョルジュドンヌ (舞踏家) 60 故モーリスベジャール (舞踏家) 61 マルセルマルソー (パントマイム) 62 故松村達雄 (まあだだよ) 63 香川京子 (まあだだよ)64 故徳間康快 (プロデューサー) 65 故栗本信實 (写真家) 65シュテファン リップ (写真家) 66武田秀雄 (漫画家) 67 トミーウンゲラー (漫画家) 68モーリス メッセゲ (ハーブ研究の父)69 辻邦生 (芭蕉番組監修) 70 ロジャーコーマン (ハリウッド プロデューサー) 71 エドワードプレスマン (ハリウッドプロデュサー) 72 故アンドレビレ (ピカソ 写真家) 73アランドロン (CF)74 故ポールボキューズ (料理)75 故白柳大司教 (バチカン展) 76 故水島元そごー会長 77
レオンリー (元ロッテ野球選手)78 ジュリードレイファス (女優) 79 ジャックアタリ 80 故イブモンタン(パリでのパーティで一度)(81)故淀川長冶(JALの仕事で)

 中でも写真にもありますがローマ法王、ヨハネパウロ2世にお会いできたことは大変得がたい経験となりました。1980年代日本で開催されましたバチカン展は大成功に終わりました。日本でバチカンの宝物を展示する計画があるとの情報をパリでつかんだ私は早速今は亡き社内の旧友であるF氏に情報を送りました。F氏はその真偽を探りにすぐパリに飛んできました。二人はすぐローマのガルタ神父に合いにローマへと飛んだのです。
 ローマには当時日本から留学していた塚本神父等がいて情報把握につとめてくれました。その後話として公に出来ない事などがありましたが、日本でのバチカン展までこぎつけられたのです。そごーでの開催となりました。この種のイベントは通常国立美術館でやるのが普通ですが百貨店での開催は異例でした。そごーはこのために横浜店に本格的な美術館をつくってしまったほどでした。
現在ダンブラウンの「ダヴィンチコード」が話題となっています。その中で法王の夏の別荘である「カステルガンドルホ」が舞台となっています。日本で開催されたヴァチカン展の成功に対してヴァチカンからその功労者にシルベスター勲章が贈呈されることになり私も随行としてカステルガンドルホのなかに入ることが出来ました。随行ですから待合室で贈呈式を待つ身でしたが、突然待合室のドアが開き法王が現れたのです。「神に感謝、神に感謝」と日本語で唱えながらシシャクをふりながら私を贈呈室にと招いてくれました。部屋に入ると贈呈式が始まり勲章が功労者に贈呈されました。私は皆様の末席で贈呈式を拝謁していました。そのときです。法王が私の前に歩まれて、ロザリオを下さったのです。写真はその時のものです。緊張した瞬間でした。