思い出は次から次と止めどもなく湧いてくるものだ。1982年道路も凍るパリ12月だった。近代オリンピックをつくったクーベルタン男爵の名をいただくスタジアムで第2回世界女子柔道が開催された。この大会では52kg級で山口香が銀メダル、竪石が無差別級でメダルを取ったが巴投げの英国ブリッグズ、ベルギーの長身ベルグマン等の欧州柔道の躍進がめざましく映った大会となった。日本では大会模様はNHKが放映された。当時NHKのパリは欧州総局であって磯村氏がいたがこの大会の模様は確か秋山カメラマンがしっかり撮影していた。

主催するフランス柔道連盟には名前は失念したが猪熊のライバル柔道家がいた。実直な人で我々の注文にもしっかり対応してくれた。さて我々だが大会の実施には莫大な費用がかかるのだが、その費用を支えるスポンサーを集め始まって間もない女子柔道の世界普及のための放映を実施することだった。日本から同僚の中上氏がパリに長期出張して作業に当たった。スポンサーには小西六などの日本企業がほとんどだった。競技の行われるタタミの周りを看板が囲んだ。

確か48キロ級の優勝戦の時だった。二つあったタタミの場所が一箇所になる。タタミの周りを囲んだスポンサーの看板が片付けられようとされた。その瞬間だった。クーベルタン講堂の客席にいた中上氏がタタミに向かって走って行く。その模様はそのまま実況されている。中上氏は孤軍広告看板をタタミの周りに立てている。周りの関係者はあっけにとられていた。やがて競技は何事もなく進んで行った。
今は亡き中上氏が終わってから言った。[看板を守ることは大会を守ることと一緒だよ!]と。