韓国論議が盛んである。最近韓国映画二本を見た。「タクシー運転手」「ある闘いの真実」である。いずれも韓国民主化の歴史を語るときに最も重大な二事件を扱う。
それが光州事件と全斗換時代に民主活動家の抑圧と拷問事件という地濡れられた歴史である。後者は1986年-1987年のことで日本では浮かれた1990年代のバブルのほんのすこし前のことであった。盧武鉉と文在寅はまさにこの時代の申し子であり民主化運動の鉄の意思を有する男なのだ。朴槿恵政権の時代セオル号の沈没とローソクデモの中から韓国の民衆はあの光州事件て無残に死んでいった学生達や若者労働者達を蘇らせ、全トウカン時代の拷問で死んだ学生とデモの中警査隊の放ったガス銃で死んだ無垢な若き命の尊さを思い出したのである。
そして文在寅が大統領となった。この人権派弁護士には癒着もなければ政治的思惑もない。況してや韓国を取り巻く極端に困難な国際環境にも興味はない。あるのは永遠に軍事政権の暴走と金と反共に凝りかためられた韓国の歴史との闘いに尽きる。
かれは言うだろう。現在の指導者の中で一体誰が命を賭けて闘ってきたと言うのか。あのトランプも、プーチンも、英国やフランスの指導者も、況してや親の七光りの安倍では決してないと。
日韓の関係は決して解決しない。する筈がないのである。